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2018年02月17日

相場は計算と直感で攻める

相場は計算と直感で攻める かつて、戦後からの復興期のような時期には、「直感」や「ひらめき」が、相場には大いに有効でした。経済自体が成長過程にあるため、基本的に相場は上げ基調を続け、長期間にわたって相場が下げることを考える必要はありませんでした。当時の証券会社では、「理屈を言うより、銘柄感覚を学べ」と教えられたものです。連想ゲームに強い、「ひらめき」型の人が有能とされたものです。

 やがて、徐々に経済が豊かになるにしたがって、以前からある利回りのほかにPERやPBR、さらにROA、ROE、営業利益率といった投資指標が活発に使われるようになりました。今日、パソコンの普及でこうした数値はますます重要視され「計算」に基づいた投資法が全盛となっています。

 最近、「アニマル・スピリッツ」といった言葉が注目されるようになっています。動物的直感ということでしょう。世の中があまりにも理詰めになれば、理屈通りに行かない、『理外の理』が出てくるものです。昔のように、直感が全盛となることはないでしょう。しかし、社会においても相場の世界においても理屈だけでは説明し難い動きがこれからは出てくる可能性は大いにあります。

 今の相場において、それが何かは、答えは非常に難しいといえます。しかし、それは、冬から春への季節への変わり目の空気の臭いのような「兆し」かもしれません。あるいは、地震を予知していなくなってしまうネズミのような直感かもしれません。人間も動物の仲間である一面を持っているのです。相場の世界でも「アニマル・スピリッツ」を磨くことは案外、大切な時代かもしれないのです。計算、理詰めの手を休めて、「相場の臭いを嗅いでみる」ことも大切ではないでしょうか。
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2018年02月11日

ゲームというもの経済の繁栄と安定の上で成り立つ

ゲームというもの経済の繁栄と安定の上で成り立つ 経済が未熟でも、人が2人集まれば勝ち負けのゲームは成り立つとも言われます。でも、ベースボール、サッカー、そしてオリンピックなどの本格的ゲームでは開催する経済力や観戦や参加する側にも余裕がなくては難しいものです。逆に言うなら経済が安定し平和だからこそビッグゲームが開催できるのです。

 株についても自由主義経済のスタジアムにおける最大のゲームといえるでしょう。もちろん、ゲームである以上は必ず勝者と敗者が生れます。株だけでなく商売やビジネスだって同じだと思います。ところが、今の日本には株だけが良くないゲームのような白い目でみられるところが残っていることは残念です。ゲームの仕組・ルールを学んで正面から付き合えば個人にとって資産を殖やすことのできる有望なゲームといえます。

 とくに、日々、売買代金(取引高)が多く、公正透明に整備されているマーケットは他にはないと思います。今の日本は、反政府運動はなく平和で経済も安定した国です。株投資ゲームにもっと多くの人が参加すれば経済ゲームも活気づくのではないでしょうか。
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2018年02月03日

買うまでの強気 買ってからの弱気 どこか似ている恋心

買うまでの強気 買ってからの弱気 どこか似ている恋心 恋も株投資も似ているところがありそうです。一目ぼれした相手には、「恋は盲目」といわれるごとく胸がときめき親の反対など耳に入らぬものです。でも、しばらくすると相手の短所が見え始め、時には好きだった相手のチャームポイントさえ嫌になるものです。

 株投資でも、「この銘柄しかない」と思って買ったら、なかなか上がらないと一転してその銘柄の悪いところばかりが目につくようになるものです。残念ながら、この世の中は、コインのごとく表もあれば裏もあり、すべてのものには長所も短所も備わっているのです。

 精査を重ねて投資していたのでは間に合わないのは恋も株も同じでしょうが、せめて惚れた相手や惚れた銘柄については短所を1つだけチェックしておきたいものです。買ったあとイヤにならないで長期投資のお付き合いができるためにも。

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2018年01月27日

商売は売手買手が明確だが相場は売手買手が変身する

商売は売手買手が明確だが相場は売手買手が変身する 物やサービスを提供する供給者とそれを購入する需要者は基本的には一方通行的な関係です。売る側は買ってもらうために知恵と工夫で宣伝に力を入れますし、一方の消費者側はいい物を少しでも安く買おうと類似商品との比較に余念がありません。

 時代の変化とともに供給者と需要者の力関係に強弱はあっても、企業はどこまで行っても提供者であり消費者はどこまで行っても購買者の関係です。

 ところが、相場の世界では、これまでの買手が、ある日突然、売手に変身、あるいは売手も買手に豹変します。買った銘柄が値上がりすれば当然、買手は利食いして売手になります。これは商売にも近い行為ですが、経験を積んでくると、利食い売りするだけでなく、同時にその時点で空売り(株券を借りて売る)を仕掛け売手に回ります。「ドテン売り」と呼ばれるものです。この逆で、「ドテン買い」ということもあります。

 商売なら、売ってしまった商品なら改めて仕入れたり製造しますが、株の場合は瞬時に買手が売手に、あるいは売手が買手に変身します。昨日まで強気だった買手が今日は一転して弱気を口にするということは多々あることです。相場には変身がつきものということは心して臨むところだと思います。
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2018年01月20日

社会も相場も出来事で動く

社会も相場も出来事で動く 言うまでもなく、人は時刻(とき)から逃れることはできません。生命(いのち)あるものは、必ず、朽ちる定めです。人の一生が100歳とすれば、秒数に換算すれば31億5360万秒の浮世です。もっと長い秒数かと思っても意外と短いものです。ましてや、自分の肉体をコントロールできる健康な期間の秒数となれば、もっと短くなるはずです。

 各人それぞれが持っている秒数の中で日々を送っているのが人生でしょう。そして、日々の出来事の積み重ねが社会でしょう。「目標」というときは、日々の秒数を積み重ねた結果の予想される姿ではないでしょうか。いきなり、中抜きで将来が来るわけではありません。

 社会が今の1秒ごとの出来事で動いているように、相場もひとつひとつの出来事の積み重ねで動いています。小さい出来事、大きい出来事もあるでしょう。オリンピックのような国家プロジェクト級の大きい出来事は経過する時間も波及効果も大きくなります。とくに投資家は、今、起きている出来事をよく見つめ、そして、これから起きるであろう出来事を予測することは非常に大切です。とくに、各種の発表スケジュールは、起きるであろう出来事を事前に教えてくれる大切なヒントです。

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2018年01月01日

株は世に連れ、世は株に連れ

株は世に連れ、世は株に連れ 「歌は世に連れ・・・」から取った言葉。歌は世相を反映していると言われるが、株もまた同様です。

 昭和40年代の高度経済成長時代は、生活が豊かになり、「カー・カラーテレビ・クーラー」が売れ、株式市場では、頭文字を取って「3C」に関連した銘柄が人気となりました。このほかにも住宅、海外旅行、制ガン剤といった当時の世相を映した銘柄が人気となったものです。

 株式市場では、こうした人気化要素を「テーマ」と呼んでいます。テーマは社会ニーズ(ソーシャルニーズ)を背景としているため新聞、テレビ、雑誌等で取り上げられることが多く、話題となる材料です。多くの投資家が関心を持つことで出来高も増え、人気となります。

 株式投資には、「これまで蓄積した資産内容」など現在の実力を買う場合と、今は業績がよくなくても「先行きを期待」して買う、という2つがあります。仮に、今は赤字の会社が、ガンの特効薬を開発したとすれば、先行き業績は様変わりになりますから、研究をしているというだけで期待買いが入ります。

 現在は資源、食糧、環境などが社会の主要テーマです。こうしたテーマに関連した銘柄がこれからも注目されるでしょう。
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2017年12月30日

今どきは人の行く裏道より表道

今どきは人の行く裏道より表道 『人の行く裏に道あり花の山』は、代表的な相場格言です。しかし、今の世では、そぐわなくなってきた印象です。

 かつてのような大手証券主導型の時代には弱者の個人投資家には役立った格言でしたが、今は個人投資家が開かれたマーケットで自らの判断と責任において投資する時代となっていることから大手証券の裏を考える必要はなく素直に元気のよい銘柄につくのが儲けの近道といえるようです。

 とくに、力らのあるところに偏っていた情報がネットで誰にでも公平に手にいれることができることから裏道を行くより表(おもて)の道を行くのが安全でかつ効率がよく儲けることができそうです。売買手数料も安くなっているのですから。
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2017年12月09日

相場には、事実は1つ見方は2つ

相場には、事実は1つ見方は2つ 相場でなくても、社会生活にも通用することです。目の前で起きている出来事、事実は誰の目にも同じはずです。野球でジャイアンツが勝利すれば「勝ったという事実」は動かしようがありません。しかし、アンチ・ジャイアンツ・ファンは事実を認めたくないのです。「今日のジャイアンツの勝ち方はよくない。連敗の始まり」といった違う見方となるのです。

 NHKラジオでも紹介していましたが、出来事を「悪く解釈する人」、「良い方に解釈する人」の2通りということです。もちろん、どちらに解釈するのも、その人の自由です。筆者の知人にも、一旦は、すべての出来事を悪く解釈しないと、落ち着かないという人がいます。まず悪く考えておけば、気持ちが楽というのです。

 さて、株の世界には、少し前までは「事実」と「真実」は違うという悩ましい問題がありました。粉飾決算等が多く、いわゆる、「有価証券等の虚偽記載」です。最近でも大手の多額の虚偽記載が発覚しました。しかし、それも証券取引等監視委員会の指導と監視によって、昔からみると随分と減っています。

 つまり、企業の発表した「重要事実」=「真実」と判断できるようになっています。発表されたことは事実として素直に受け取り、後は、投資家が「強気」に判断するか、「弱気」に判断するかの2つです。強気判断なら、新規買い、あるいは持株は持続です。反対に弱気判断なら空売り、あるいは持株の売却ということです。このように、今の株式市場は、「事実は1つ」が信用できるものとなっています。後は各個人の解釈による腕の見せ所ということです。
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2017年12月02日

大上げ、大下げ後の小幅モミ合いはあなどるな

大上げ、大下げ後の小幅モミ合いはあなどるな 何かの新しい材料等でチャートにおいて大きい陽線、あるいは大きい陰線が出た後は、動きが小幅となるものです。先行きの動きがどうなるか見極めたい気持ちが強いことがあります。

 好材料が出た場合、もう、株価には織り込んだのではないか。あるいは、まだこれからではないかなど、期待と思惑が入り乱れます。このような、判断に迷う時は株価に注意して、相場の動きから答えを求めることも大切と教えています。つまり、大きい陽線の出た後、大きな調整もなく小幅な下げでとどまり、モミ合っている時は再上昇が見込めるものです。

 安値圏で推移していた株価が好材料の出たことで急伸すれば、長く持っていた人は先高を考えるより、まず売りたくなる気持ちが先行するものです。株価低迷でその人は、「売りたい、手放したい」気持ちを日々、持って相場を見ているからです。そうした売り物を消化するために、急伸の後、モミ合うのです。そして、売りが一巡すれば再急伸ということです。急伸したあとの動きが鈍いからといって、決してあなどってはいけません。

 反対に、悪材料で大きく下げ、その後の戻りが小さい場合は要注意です。その悪材料はまだ織り込んでいない可能性があります。「大きく上げた後の小幅押しは買い」、「大きく下げた後の小幅戻しは売り」、くらいの気持ちで見ておいてください。
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2017年11月25日

顔色が悪い社長の会社の株は買うな(真の経営者)

顔色が悪い社長の会社の株は買うな(真の経営者) 何をやるにも健康でないと、目標・計画を実行することは困難です。格言というより、当たり前で当然の言葉ですが、情報公開時代を迎え、単に企業は数字面だけでなく経営者、とくに最高責任者の人となりまでが求められるようになってきましたから社長の顔色、表情は大切です。

 かつては、企業の社長たるものは軽々に人前に出るもではないという考えが根強くありました。昔の殿様には、家臣といえども簡単には目通りできなかったのと同じです。威厳を優先していたためです。今でも、伝統のある名門と言われる企業ほどまだその傾向は残っています。記者会見では、新社長就任の時や新年の年頭会見、周年記念などの、めでたい時でないと社長は出て来なかったものです。

 IR時代と言われる今日でも、つい最近までは、アナリスト対象の決算発表に社長が顔を出すことを嫌がっていました。アナリストに細かく突っ込まれるのが嫌だったのです。財務出身の社長なら数字に明るく得意でも、営業畑出身の社長にはアナリストの攻撃をかわすのは大変で、取り巻きが恥をかかせてはいけないと遠ざけていたからです。ある関西系の有力企業が、以前、東京でのアナリスト説明会に社長が出なかったため株価が大きく下げました。このため、「IRに社長が出ない会社の株は売り」といった新格言さえ登場したほどです。結局、その会社は説明会をやり直したそうです。

 経営者とアナリストの間でも、こういう状態ですから、ましてや個人投資家が経営者と顔を合わせることはありません。せいぜい年1回の株主総会くらいです。そのため、日頃のうっぷんが爆発することにもなりかねません。現在は社長自らがアナリストだけでなく、個人投資家の前でIRセミナーを開催し人生観から経営方針、足元の業績まで幅広く話す機会が増えるようになっています。

 とくに、個人投資家はアナリストのように数字にウエイトを置くのではなく、会社の取り組みや社長の考え、表情、声の調子、顔の色ツヤなど生身の人間としての経営者の姿にポイントを置いて投資判断をします。まさに、社長はIR時代の主人公役を演じる役者といえる存在です。

 もし、主役の顔色が不健康で悪く、声に精彩がなかったらお芝居はつまらないものとなってしまいます。ましてや社長が酒焼け顔やゴルフ焼けで異常に黒かったりすると、投資家は大事なお金をその社長に預けることはしません。間接金融時代は銀行関係者と夜な夜な飲み歩いても許されましたが、直接金融時代の今日では個人投資家という多くの観客の前で、顔色、声、表情など主役にふさわしい立ち振る舞いが必要となっているのです。
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2017年11月18日

相場の極意は見ざる言わざる聞かざる

相場の極意は見ざる言わざる聞かざる 米(コメ)相場の神様とまでいわれた本間宗久が残した相場金言集「三猿金銭録」の中心をなす考え方といわれるものです。本間宗久は多くの金言、今でいう格言を残していますが、相場において最終的には人の意見に惑わされず、自分で考えて決めなさい、ということが言いたかったようです。

 3匹の猿が目、口、耳を手でふさぎ、見ない、言わない、聞かないという、「見ざる、言わざる、聞かざる」の、あの日光東照宮の猿の彫刻は有名です。一説では子供の頃は、大人のよくない行動を見たり、口にしたり、聞いたりしないで習い事に一生懸命になりなさいという教えといわれます。しかし、今日では、低俗な情報の氾濫に伴って犯罪の低年齢化が進むなど、3匹の猿の教えが通用するのはなかなか難しいことです。

 かつての証券会社では、たとえば店頭は現在と違って、多くの常連客などで賑わい、全体相場や個別銘柄についての話題が飛び交っていました。投資家もこうした話題を求めて証券会社の店頭に出かけて行くのを楽しみにしていたものです。しかし、こうした話題を参考にするのはよいけれど振り回されないで、最終的には自分自身で売り買いの判断を決めなさい、つまり、見ざる、言わざる、聞かざるのスタンスで、自分の考えを大切にしなさいという教えです。

 今でも、都内には昔の面影を残した証券会社の店舗はありますが、多くは、ネットでの取引になり、あるいは店頭も銀行以上に綺麗になって、しかも、営業カウンターの社員もアナリストレポート以外のことには答えてくれません。したがって口、耳から入ってくる情報は非常に少なくなり、最近の情報はネットによる目からのものが中心となっていますし、不確定な情報が多くなっています。とくに、今日の投資家は「見ざる」ことに心することが大切です。

 むしろ、最近は経営面において、経営者同士の交流会、勉強会などが活発で目、口、耳から入ってくる情報が非常に多くなっています。経営者にとって、情報収集は非常に重要なことですが、自社の実力を忘れて勢いに流されてしまうとバブル崩壊の二の舞になりかねません。経営者こそ孤独な存在ですから、最後は「見ざる、言わざる、聞かざる」を実践することが大切ではないでしょうか。
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2017年11月11日

短期での惚れ込みは命とり 惚れ込むは中長期投資なり

短期での惚れ込みは命とり 惚れ込むは中長期投資なり 今のような短期売買が自由でなかった昔は、長く持つためには株に惚れ込むのがよいとされてきました。もちろん、現在でも数年単位で投資する中長期投資では惚れ込むくらいの打ち込みが大切です。

 しかし、数日が勝負の短期売買では銘柄に惚れ込みすぎると買い、売りのタイミングを失い命取りになります。短期投資では株価の勢いに惚れるのが成果への大切なポイントです。

 今は短期か中長期かを明確にして投資に臨むのがよいと思います。「投資は投機のなれの果て」となってはいけないと思います。
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2017年11月04日

自分の考えとマーケットの今を摺り合わせるべし

自分の考えとマーケットの今を摺り合わせるべし 学びを重ね自分の考えを持つことは大切なことです。しかし、自分の考えに固執するあまり世の中の動きと大きく乖離したのでは学んだことは役に立たなくなる心配があります。

 世を離れ、「人は人 我は我」と悟りを求めるような人ならそれも立派ですが、生きて行くうえでは社会やマーケットで何がどう動いているかに耳を傾け、自分の考えと擦り合わせ、練り合わせることは大切です。それは、妥協とは違うものです。

 麻雀をされない方には恐縮な話ですが、麻雀では常に高い点数の取れる手を狙うものです。しかし、敵手も場の流れを見極めつつ最適の手を狙っているはずです。その駆け引きの中で少ない点数で勝負をつける場合もあります。

 もちろん、株のマーケットも同じです。自分では絶対にこの値段まで上がると思ってもマーケットはそれを簡単には許してくれないのです。『人は人 我は我 されど仲良き』という言葉が表すようにマーケットとも仲良くすることは大切です。
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2017年10月14日

ケイ線は値幅見ず日柄を見よ

ケイ線は値幅見ず日柄を見よ 株価が前日に比べて、いくら上がった下がったと一喜一憂するのが投資家の常ですが、上げ下げの値幅を見ること以上に『日柄』を見ることが大切であるという教えです。なぜかといいますと、仮に、100円高だったとしても局面によって、同じ100円高でも意味合いが違ってくるからです。

 同じ上げ幅でも、どのていどの期間、下げ相場、上げ相場が続いたかという日柄がポイントになっています。マラソンのラストスパートと似ているのではないでしょうか。

 こうした日柄は、わたしたちの生活でもみることができます。神社で運勢を眺めていますと、大吉から大凶までのサイクルは9年となっています。「暑さ寒さも彼岸まで」も、日柄を表したものですし、善いこと悪いことの噂も、「人の噂も75日」といって時が過ぎれば薄れていきます。

 ケイ線を見るときは、まず最初に、上昇期間、下降期間がどのていど続いているかをチェックすることが大切です。日足、週足、月足チャートのいずれでも「9本目」はかなり重要ですし、「13本目」、「26本目」も相場転換になっていることが多いのでぜひ投資の参考とされることをお勧めします。
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2017年10月07日

十を聞くはアホウ、三つくらいがちょうど良い

十を聞くはアホウ、三つくらいがちょうど良い 人の意見をよく聞くことは大切でも、聞くことばかりが趣味のようになって自分の意見を忘れてはいけないと教えています。とくに、損得の絡んでいる相場、ビジネスでもそうでしょうが、損をしたくない、少しでも多く儲けたい気持ちから、相場や景気に対する見方をたくさん聞こうとするものです。

 しかし、なんでもそうですが、『過ぎたるは及ばざるが如し』です。聞くことばりにエネルギーを注いでいると、常に、人の意見に左右されるようになり、他人はどうみているかということばかりが気になって、自分で考えることができなくなってしまいます。いくら多くを学んでも、最終的には、自分のことは自分で決めなくてはいけないのです。時間は待ってはくれません。ましてや、株式投資では自己責任が基本です。自分でジャッジしなくてはいけません。

 突き詰めれば、投資では、「カイ」、「ウリ」、「ミオクリ」の3つしかありません。日頃から、「強気の人」、「弱気の人」、「中立的な人」の3つくらいのタイプくらい分けて、相場見通しに耳を傾けるのがよいでしょう。そのうえで、今は、「カイ・ウリ・ミオクリ」のどれかを自分の頭で考えることです。
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2017年09月30日

トイレの汚い会社の株は買うな

トイレの汚い会社の株は買うな 今どき、トイレの汚い上場会社なんてあるの、という声が聞こえてきそうです。確かに、今は、そういう会社は見当たらないでしょう。この格言の使われた昭和40年代初め頃の高度成長期には、それまでの「作れ、売れ」の大号令時代に対する変化の時を迎えていました。

 物がない時代でしたから、「安かろう、悪かろう」で、通用しました。しかし、経済白書で「もはや、戦後は終わった」、と副題に載るなど、製品に対して次第に「いい物」が求められるようになって行きました。そういった時代の変化の時に、「トイレが汚れているようでは、いい製品はできない」、という、ひとつの判断になっていたのです。トイレだけでなく、社長・役員の夜の振る舞い、社員の有様なども含めて、企業の品格が求められるようになったのです。

 現在は、どの企業でもトイレは言うまでもなく、オフィスは綺麗です。しかし、ここ4、5年、船場・吉兆、伊勢の赤福、野村のインサイダー事件をはじめ名門企業に不祥事が相次ぎました。建物などの見た目は綺麗でも、商道徳や企業倫理が欠如しているためだと思われます。時代は繰り返すといいますが、今の社会は、戦後のような「儲けたら勝ち」という風潮ではないでしょうか。まさに、昔の格言が生き返ったようです。

 『内部管理体制のできていない会社の株は買うな』、と置き換えれば分かりやすいのではないでしょうか。
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2017年09月23日

噛んだガムは捨てよ(意味のない事はするな)

噛んだガムは捨てよ(意味のない事はするな) 甘味のなくなったガムをいつまでも、くちゃくちゃ噛むのはみっともないし顎(あご)が痛くなるだけだから、ムダな意味のないことはするなという教えです。

 ガムを噛む習慣の強いアメリカ、中国、香港などの人がよく口にする言葉のようです。実際、筆者が整体治療を受けている中国の先生はこの言葉をよく口にされます。中国では人口が多いためでしょうか、利用価値のなくなった人とはさっさと手を切って次の新しい人と組むそうです。その先生が日本で今の場所で店を構えるまでに短期間に数ヶ所変わったそうです。

 私たちの子供の頃は、モノがなかった時代でしたから、次にいつ買ってもらえるか分からないガムを甘味が消え苦味の出てきたのにいつまでも噛んでいたものです。今は、虫歯予防のキシリトール入りガムが出まわり、甘いもの欲しさにガムを噛んだ頃とはずいぶん変わりました。

 株式市場での場合、「材料出尽くしの株は買うな」という教えがありますが、まさにこの言葉と同じでドライさを求めている点で似ています。しかし、なかなかドライになれないのが、われわれ日本人投資家のよいところであり悪いところです。とくに、株の場合、ガムの甘味に当るのが、新製品や好決算などの好材料です。いくらよい材料でもガムのようにいつまでも噛んでいたら甘味が消え、材料としての値打ちがなくなります。

 しかし、日本の投資家は筆者のようにモノのない時代を過ごして来た人達が多いためか、いつまでもこの材料はまだ通用するはず、ガムにもどこかにまだ甘味が残っていると噛み続けて、折角儲かっていた株の売り時を逃がしてしまいます。好材料が株価に響かなくなったら、ガムの甘味がなくなった、つまり「好材料出尽くし」、あるいは「知ったらしまい」で売ることを考えるべきです。

 経営においては、少し違うように思われます。日本には「人は活かして使え」という言葉があります。若い人達は、ガムのように噛んで捨てられることに抵抗はないようですが、これからの少子高齢化や団塊世代の大量定年時代を迎え、人手が不足するようになるだけに、日本の終身雇用のよさが見直される時代が来るのではないでしょうか。人のよいところを見つけて噛み続けてあげるのがこれからの経営者かもしれません。
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2017年09月16日

材料は後からついて来る

材料は後からついて来る 普通は、「材料」、「出来事」、「ニュース」があって、それが株価に反応する形となるのが普通です。ところが、ここでは、その逆の動きもあると教えています。

 材料・出来事・ニュースは、大きく分けると、大体3つです。政治、物価、為替、失業率、事件、事故、天候、スポーツなどの「社会発」の出来事。企業業績、増資、新商品、M&Aといった「企業発」の出来事。そして、株価が1万円に乗せたとか出来高が増えたとか、外国人の買いが増えたとか、新高値の銘柄が多いといった「マーケット発」の出来事です。

 現在のように、情報開示が進んでいなかった以前は、とくに、企業発の情報は一部の大手証券や銀行などに偏っていました。

 こうした、おいしい情報にありつけなかった、当時の相場好きの小口投資家等は、秘策として、「マーケット発」の情報を大切にしていました。つまり、企業発の情報を知らなくても、マーケットを注意深く観ていれば、情報を知っていたのと同じように、あるいは、それ以上に稼ぐことができる、ということです。そこには、いくら早い情報であろうとも、マーケットで買わなくては儲けることができない、という基本を知っていたからです。

 仮に、良い材料を手に入れた向きが、買いの行動をすれば、必ず出来高の増加となって現れるからです。ここを見逃さなければよいのです。結果、材料を知らなくても、商いの増え方、今までと違う値動きなどを学べば、材料は知らなくても構わない、材料は後からついて来ると位置づけたのです。むしろ、当時の相場巧者は、「早耳買いの早耳損」といって、情報を早く手にいれることに有頂天となっていた人を軽んじていたほどです。

 企業情報は速やかな公開が大前提となった現在でも大いに役立つ教えだと思います。なぜなら、公開された情報がすべて、相場に反映されるわけではないからです。マーケット全体との関係などによって反応度が違ってきます。したがって、公開された材料に対する自分なりの判断に、出来高や値動きなどマーケットの動きを重ね合わせて判断することが大切です。もちろん、企業発・情報だけでなく、社会発・情報についても同じです。常に、「自己判断」を持ち、そして、「マーッケトとの対話」を怠らないことです。
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2017年09月10日

相場師に金なしは鳥に翼なきが如し

相場師に金なしは鳥に翼なきが如し 相場を張るときには、いざというときのための資金を確保しておくことが必要だ、という意味のウォール街の格言です。どんなに相場観や手腕が優れていても、絶好の買い場というときに資金が枯渇していては、大きな成果は得られません。軍資金の備えは欠かせないのです。

 この他にも「相場の金と凧の糸は出しきるな」や、「資力相応に仕掛けるべし」などの格言があります。資金に限界があることを忘れて相場を張っていると、やがて弾が尽きて市場から退場を迫られます。負ければ負けるほど判断を誤りやすくなりますが、資金が十分にあれば売買にも余裕が出てきます。

 あらためて言うまでもないことですが、企業経営においても資金の確保や投資の配分は、企業の存続に関わるものです。無借金経営の企業の場合、自己資金で思い切った設備投資を実行できることが、さらに競争力を高める一因だとも指摘されています。しかし一方で、過大な拡大戦略に走った結果、有利子負債が膨らんで、新しい設備の導入や、店舗の改装資金もままならない企業があります。

 成長途上の企業の場合は、成長を加速させるために資金需要が旺盛なのは当然のことです。しかし時には、実力以上の資金需要を発生させているケースも見受けられます。たとえば、売上が急速に伸び始めると、その成長が当分の間続くと見て、一気に拡大戦略に走りやすい傾向もあります。先行投資と称して大量に人員を採用するだけでなく、高い家賃のオフィスへの移転や、豪華な装飾品の購入などにも金を使うようになります。

 こうなってしまえば、売上が増えても、人件費などの経費がそれ以上に膨らむため、キャッシュフローは一向に改善しません。結果的に、借入金や社債などの有利子負債が膨らんでいきます。そして、景気減速や競争激化で売上の伸びが止まると、一気に経営が悪化するというのが典型的なパターンです。有利子負債が過大になりすぎてからでは手遅れです。かなり高い確率でツケが回ってきます。

 株式市場では、過大な拡大戦略だという懸念があっても、こうした急成長企業の「勢い」を買うため、株価が大幅に上昇することもあります。しかし経営という観点から見れば、売上が伸びていても無理をせず、その間に企業体質を強化しようというぐらいの慎重さも必要ではないでしょうか。「いのち金には手をつけるな」という格言もあります。借金をしてまで相場を張ればすべての資産を失いかねず、ろくなことはありません。
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2017年09月02日

相場巧者は期待・悲観の大きさと現実との差を計る

相場巧者は期待・悲観の大きさと現実との差を計る=相場格言 相場巧者とは投資経験が豊富で、とくに、場味(相場の状況や雰囲気)に影響を受けない冷静な判断をしようとする人です。そのような人は、市場に参加している多くの投資家が、今の相場、あるいは個別銘柄に対し、どのような期待を抱いているか、あるいは弱い相場のときは、どのていど悲観的な気持ちになっているかを掴むことに最大限の注意を払います。そして、その期待や悲観に対して、現実の相場がどのような動きをしているかを比べ、自分自身の相場見通しを立てるのです。

 つまり、自分なりに相場観を持つと同時に、一方で、マーケットで多くの人がどう判断しているかを重要視するのです。それによって、自分の立てた見通しの修正を行っていくのです。なにがなんでも、自分の立てた見通しを押し通していくやり方と違って非常に柔軟性があるため、大きな失敗をしないですむことになります。自分の相場観を持つことは大切なことですが、それ以上に大切なことは、自分の考えに固執しないで、「マーケットの熱を感じとりなさい」と、この格言では教えています。イギリスのシティでは、「マーケットの熱気の度合いで金融政策を決める」、といわれるのと似ています。

 相場は8割から9割まではデジタルによる理論と理屈で対応できますが、残り1、2割は人の感情や心理状態によるアナログ判断が大切ではないでしょうか。経営の世界でも、デジタルのコンピューターだけに頼るのではなく、「勘」のようなアナログが見直されているようです。
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2017年08月26日

株は千里を行って千里を帰る

株は千里を行って千里を帰る 虎は1日に千里の道を往復するという中国の諺からきている言葉です。普通、ここでいう虎の場合は2つの意味で使われています。(1)1日で千里も往復するという元気、勢いのよさを表す場合、(2)自分の子供のことを想って千里の道でも帰ってくる、という子供を想う親の気持ちを表している場合、の2つです。

 株式の格言で使われるときは、勢いのよさを表す言葉として捉えられているとみてよいでしょう。ただ、込められている意味合いとしては、気をつけなさいという注意が強いように思われます。つまり、虎は行く(値上り)だけではなく、帰って来る(値下がりする)という両面をみることが大切ということです。

 「虎のように元気よく値上りする銘柄ほど、元のスタート位置に戻るのも早い」という意味です。したがって、有頂天にならず、深追いは避けたほうがよいと説いています。とくに、1日に千里を行って千里を帰るという虎のように勢いのある銘柄となると、そう多くはありません。

 ほとんどの場合は、「仕手株」といわれる人気株が虎の千里に当てはまる銘柄です。何年もかけて、数倍に値上りする場合は、下げる時、つまり元の位置に帰って来る場合も多くの時間がかかりますが、短期間に急騰した銘柄は、短期間に急落することが多いことから、このような言葉になっていると思われます。

 類似した格言に、『急騰は急落に通じる』、『短期急騰ほど往って来いは早い』などがあります。往って来い、とは元の水準まで戻るという意味です。かつては、北浜仕手株といわれた銘柄が短期急騰、短期急落となったものですが、最近では新興市場の小型銘柄に、虎の千里に当てはまるような銘柄が多いのではないでしょうか。昔のように仕手が介入したためではなく、発行株数が非常に少ないところへ人気が先行するため急騰につながることがあります。

 世の中はすべてにおいて、スピードアップしていることは間違いありません。経営ものんびりはやっておれないのは事実ですが、短期間での成長を狙うと消えて行くのも早いことを肝に命じておくべきでしょう。
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2017年08月19日

黒いシミも離れて見れば白い壁

黒いシミも離れて見れば白い壁(目先にとらわれず) 白い壁に誰かが、いたずらして黒いシミを書いている。近くで見れば嘆げかわしいことだが、数10メートルも離れてみれば、そのシミも白いかべに溶け込んで白く見える。これと同じように相場も目先にとらわれず、少し離れて眺めてみなさいと教えている。

 よく似た格言に「頭としっぽはくれててやれ」とか、「天井売らず底かわず」がある。1円たりとも違わずに天井を売り、底値を買うことは無理というもの。離れたところから眺める心の余裕が大切である。
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2017年08月12日

釣りも株も魚のいるところでやれ

釣りも株も魚のいるところでやれ 当たり前の話です。何を今さら、との思いもあるでしょう。ところが、意外と魚のいないところで、糸を垂らして、ご満悦に浸っていることはあるのではないでしょうか。

 特に、優秀な釣竿など道具がすばらしいと、ついつい、持ち物に頼ってしまいがちです。道具が良いのだから釣れるはずだと。同じようなことは、われわれサラリーマンのゴルフにも似ています。飛ばしや石川遼プロと同じドライバーを持つと、自分も300ヤードのドライバーが打てる気持ちです。もちろん、それが悪いということではありません。仮に、安いゴルフクラブを使っていると、「道具が悪いから飛ばないのだ」と、逃げてしまいます。高い値段のゴルフ道具や釣り道具なら、もう言い訳はできません。あとは「練習」あるのみです。その意味では、良い道具効果は大いにあります。

 ただ、ゴルフと釣りの違いは、ゴルフボールは止まっています。しかし、魚は餌を求めて動き回ります。最近の異常気象で、魚の居る場所も変わっているのではないでしょうか。以前なら、よく釣れた場所も釣れなくなっているのではありませんか。

 この意味では、株式投資はゴルフより釣りに似ているようです。相場における銘柄も魚のように絶えず動き回っています。しかも、気象変化と同じように、経済も従来とは違った動きをするようになっています。従来の常識が通用し難くなっています。自分では魚が居るはずでも、的外れの可能性はあると思います。
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2017年08月05日

鍋に入れた株のフタは取るな

鍋に入れた株のフタは取るな 外国には、「見詰めるナベは煮えない」という教えがあるそうです。日本でも「あわてる乞食はもらいが少ない」、「モチは貧乏人に、魚は金持ちに焼かせよ」といった伝えがあります。餅のように焦げやすいものは、せわしくいつもひっくり返して焼かなくてはいけないが、魚はじっくり焼くことが大切ということのようです。もっとも、最近は、餅でもレンジで時間をセットしておけばよいので、ひっくり返すことはありません。格言、教えも時代とともに変わってきています。それでも、外国にも似たような教えがあるということは参考になります。

 外国の「見詰めても」ということは、まだか、まだかと、見詰めていても煮えない、待ちなさいということです。人は答えや結果を早く求めたがる性格があります。スポーツの場合なら、ほとんどのケースでヘッドアップとなってミスにつながります。

 物事というものは、気持ちが急いでも時期が来なくては成就しないものではないでしょうか。酒作り、味噌、醤油作りも時間をかけて寝かせておかなくては良いものができません。農家では種を撒いたら芽が出るまで待ちます。株も同じでしょう。買う前によく研究し目標値を決めます。さらに、作物と同じように、今が、種まきの季節かどうかと同じように、今が投資する環境かどうかを吟味しなくてはいけません。事前の研究、検討をしっかり行うことなく「勘」で投資するから気になって鍋のフタを取りたくなるのです。

 このことは、短期投資であっても中長期投資であっても同じだと思います。短期であっても事前に目標値を研究検討して決めておけば、あわてなくてすみます。要は株式投資も勝負事のひとつですから、「あわてないこと」です。とくに、「事前の研究を行い」、投資したら「待つ気持ち」が大切でしょう。日本には、『人事を尽くして天命を待つ』というすばらしい教えがあります。
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2017年07月29日

商いは買い手がいるうちにやれ

商いは買い手がいるうちにやれ 欲を出さないで、買いたいという人がいる間に売りなさいという教えです。商売は売り手と買い手で決まるわけですから、当たり前の話ですが、人間には欲がついていますから、現実はなかなか思うようにいかないものです。とくに、精魂込めて作った品などは、思い入れも強いため、もう少し粘れば高く売れるだろうと、つい欲を出しすぎて売り損ねてしまうことになってしまいがちです。

 買いたい人がいる間といえば、小さい頃の村祭りの屋台を思い出します。祭りもそろそろ終わりという頃合に、一気に売り切ってしまう上手な店もあれば、売れ残してしまう店もありました。子供心に、見事に売り切ってしまう店のおじさんを見て感心したものです。大阪天王寺にある四天王寺のような多くの参拝者が押しかけるところと違って、小さな村祭りではタイミングを失したら売れ残るだけです。

 株の世界でも同じです。発行株数の多い大型株と新興市場銘柄のような発行株数の少ない銘柄では、四天王寺と村祭りくらいの違いはありますが、しかし、発行株数の多い銘柄には取引きする株数も多くなりますので、大型銘柄といえど注文の潮時を間違えると売り損ねて、多くの株を抱え込んでしまいます。こうしてみますと、買い手がいる間とは、多くの人が買いたいと思っている時、ということになります。多くの人が、欲しい、買いたいと思う時は一種独特の雰囲気があって勢いがある時です。こういう時に売りなさいというのですから、よほど己に克つ強い気持ちの持ち主でなくてはいけません。だから、分かりきったことが格言になっているのではないでしょうか。

 少し補足して、デジタル的に言えば、仮に、参加者100人がいて、90人までが買い込んだら、残るのはわずか10人です。少し値段は安くても、買い手が20人、30人と残っている間に売るほうが楽に売ることができるはずです。

 企業経営においては、もっと大きな社会の流れに影響を受けます。バブル期の頃のように、地価上昇に酔って、売るどころか買い込んでしまうところが大半でした。気がついてみたら、買いたいという人はいなくなり、売りたい人ばかりだったことは記憶に新しいところです。企業経営で難しいところは、社会の変化に乗り遅れてはいけないものの、深追いもできないところです。己に克つ経営者がますます求められているのではないでしょうか。
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2017年07月22日

心動けば勝負に曲がる(過信が身を滅ぼす)

心動けば勝負に曲がる(過信が身を滅ぼす) 心が動くとはどういうことでしょうか。おそらく、「欲がすぎること」、「最初の思いと変わること」、「迷いが不安につながること」などではないでしょうか。人間とは、厄介な生き物です。動物のように、自然界の中で決められた体内時計的に営みを繰り返せば、「悩み」はないのですが。人が動物とは違った高度な「向上心」、「個性」、「生きがい」などなどがあるため、「迷いと悩み」が尽きません。

 美空ひばりさんの唄に「柔」(やわら)があります。【勝つと思うな思えば負けよ】と。この題名だけ聞いていると、ますます分からなくなります。人は野球でもゴルフでも相場でも、勝とうと思ってやっています。それを、「勝つと思うな」と言われると、いったいどうすればいいんだということになります。「思うこと自体」が否定された気持ちになってしまいます。誰だって、勝負事には、やはり勝ちたいし、そう思うのが自然です。言い方を変えれば、勝つこととは=目標計画を持つことです。人生、やはり目標を持って生きるものだと思います。

 結局、ここで言いたいことは、「強欲はいけない」ということのようです。1回2回と勝負に勝つと、ついつい、過信が先に立つようになります。企業でも個人でも失敗するときは、成功した時です。過信が身を滅ぼしている場合が多いのです。常に、株式投資では、勝つ強い気持ちを持ちながら、自分の身の丈に合った資金力、能力で戦うようにしたいものです。
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2017年07月15日

顔色の悪い社長の株は買うな

顔色の悪い社長の株は買うな 何をやるにも健康でないと、計画を達成することは困難です。格言というより、当たり前で当然の言葉ですが、情報公開時代を迎え、単に企業の数字面だけでなく経営者、とくに最高責任者の人となりまで求められるようになってきました。

 かつては、企業の社長たるものが軽々に人前に出るもではないという考えが根強くありました。昔の殿様には家臣といえども簡単には目通りできなかったのと同じです。威厳を優先していたためですが、記者会見でも新社長就任の時や新年の年頭会見、周年記念などのめでたい時でないと社長は出て来なかったものです。

 IR時代の今日でも、つい最近までは、アナリスト対象の決算発表に社長が顔を出すことを嫌がっていました。アナリストに細かく突っ込まれるのが嫌だったのです。財務出身の社長なら数字に明るく得意でも、営業畑出身の社長にはアナリストの攻撃をかわすのは大変で、取り巻きが恥をかかせてはいけないと遠ざけていたからです。ある関西系の有力企業が東京でのアナリスト説明会に社長が出なかったため株価が大きく下げました。このため、「IRに社長が出ない会社の株は売り」といった新格言さえ登場したほどです。

 これまで、個人が経営者と顔を合わせるといえば、せいぜい年1回の株主総会くらいで、それもしゃんしゃん総会で終わっていましたから、じっくり経営者を観察することは困難でした。現在は社長自らがアナリストだけでなく、個人投資家の前でIRセミナーを開催し人生観から経営方針、足元の業績まで幅広く話す機会が増えるようになっています。

 とくに、個人投資家はアナリストのように数字にウエイトを置くのではなく、会社の取り組みや社長の考え、表情、声の調子、顔の色ツヤなど生身の人間としての経営者の姿にポイントを置いて投資判断をします。まさに、社長はIR時代の主人公役を演じる役者といえる存在です。もし、主役の顔色が不健康で悪るく、声に精彩がなかったらお芝居はつまらないものとなってしまいます。ましてや社長が酒焼け顔やゴルフ焼けで異常に黒かったりすると、投資家は大事なお金をその社長に預けることはしません。間接金融時代は銀行関係者と夜な夜な飲み歩いても許されましたが、直接金融時代の今日では個人投資家という多くの観客の前で、顔色、声、表情など主役にふさわしい立ち振る舞いが必要となっているのです。
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2017年07月13日

株はけなされて強くなり おだてられて頭を打つ

【過去の記事を紹介=2010-09-01 10:20:23】

株はけなされて強くなり おだてられて頭を打つ

株はけなされて強くなり おだてられて頭を打つ アメリカの格言の『相場は悲観のなかで生まれ、懐疑のなかで育ち、楽観のなかで成熟し、幸福感のなかで消えて行く』とほとんど同じ内容です。相場の寿命と言ったらよいのでしょうか、相場のサイクルを見事に表現した格言です。投資家の心理はほとんど世界共通で、目の前にあるものを見て判断しますので、良い材料が出れば強気となり、悪い材料が相次ぐと弱気になるものです。サブプライムローン問題のように大きな悪い材料が表面化し悲観人気一色になって来ますと、実は新しい相場の芽が育まれるのです。
 底値圏での投資家心理はどこも同じだと思います。日米で少し違うところと言えば、「日本人はおだてに弱い」ということではないでしょうか。日本の場合は、アメリカ国民のように「みんなハッピー」では天井を打たないで、「あんたが一番」とおだてないとその気にならないことです。このため、天井形成がアメリカなどと違った動きになることです。
 1989年当時の日本は国民1人当りGDPが世界第2位を誇り、日本の不動産会社がアメリカの一等地を買い漁り、その経済力の強さから「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とおだてられ、当時4万円に迫っていた日経平均については外国証券系などから10万円は速いとの観測も出されました。これにおだてられた国民がその気になり幸福感に浸りました。しかし、日経平均は急落となりました。この格言から学ぶことは、こうした「おだてに弱い日本人」の心理を巧みに利用して天井をつけさせ、その一方で売り逃げた外国人投資家が存在したことです。実際、90年は年間で個人が売り買い差し引きで14億6000万株買い超したのに対し、外国人投資家は18億株売り超して逃げていたのです。
 長い間、日本人は基本的に外国人コンプレックスがあり、横文字に弱く外国人の言うことなら鵜呑みにしてきました。幸い最近の日本人投資家は賢くなり、サブプライム問題の表面化した07年夏以降、外国系証券から日経平均2万円説が出ましたが、日本の投資家は惑われませんでした。しかし、国民性として「おだてに弱い」ことは簡単には無くなるものではありませんので、またいつの日か新たな「おだて」を編み出してくるか気は抜けません。
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2017年07月11日

自分に克つ株式投資(邪念を入れず淡々と)

【過去の記事を紹介=2010-08-30 10:07:17】

自分に克つ株式投資(邪念を入れず淡々と)

自分に克つ株式投資(邪念を入れず淡々と) なんでもそうだろうが、物事を始める時というものは、情熱とヤル気が満ち溢れている。決して、悪いことではないのだが、往々にして、強い情熱がむしろ邪魔になって、カラ回りすることは多々ある。
 株の場合もそうだろう。勉強を始めたのはいいが、打ち込み過ぎて、周囲の状況が見えなくなり、自分の見方だけが正しいと思い込むようになってしまうと、ほとんどの場合、見通しは外れる。その結果、もう止めたとなる。
 では、勉強しなくていいのか。そうではない。物事を始めると、多かれ少なかれこうした気持ちは避けて通ることができないからだ。
 たとえば、筆者が、高校野球の練習で100本ノックを思い出す時、最初は、「さあ来い」とヤル気満々。それが30本あたりからノックをする監督、つまり「相手」(対象物)にハラが立つようになる。さらに、それが過ぎると、今度は「自分」にハラが立ってくる。なんで、こんなくだらないことをしているのかと、自分自身がバカバカしくなる。そして最後に来るのが、「ヤル気」や「相手に対するハラ立ち」、「自分に対するハラ立ち」がなくなる。疲れて考えることができなくなるためだ。それを「無心」と呼ぶのではないか。体が勝手にボールに反応して、自然に動くようになる。実戦の試合ではいちいち感情を入れて考えていたのでは間に合わない。この境地になれば、邪念を入れず、淡々と、やるべきことをやる、ということにつながるのだろう。株という大きな勝負では、自分に克つことが大切と思われて仕方ない。
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2017年07月08日

相場のリズムが狂ったら身近な銘柄で立て直せ

相場のリズムが狂ったら身近な銘柄で立て直せ 野球でもそうですが、スランプは突然、来るものです。自分では調子の良かった時のままの気持ちでも、どこかが狂ってズレているのです。知らず、知らず、ヘッドアップしたり体重移動がうまく行かなかったり。要はリズムが狂っているのです。このように打撃のリズムが狂ったときは、ボールを遠くへ打つ練習ではなく、バットを短く持ってトスバッティングといわれる練習をします。遠くへ飛ばすことより、バットの芯へ、しっかり当てる練習です。ボールをしっかり見ることができるようになり、ヘッドアップは直ります。

 勝負事のひとつでもある株の投資もまったく同じです。振り返って見てください。皆さんが、投資する最初のうちは、慎重に、謙虚に、よく相場を見て大儲けより着実に儲けることに心配りしているものです。それが、儲けが重なるようになると、つい有頂天になって、謙虚さはどこかに消えて、大きく儲けることばかりに気がいっているはずです。いわゆる、ヘッドアップしているのです。こうなって、リズムが狂ったら、トスバッティングと同じように相場を見つめることに立ち返ることです。

 以前から、何回も投資したことがあり、よく知っている銘柄。あるいは、父親の勤務していた会社の株。自分たちの町に工場のある会社の株など、身近な銘柄で仕切り直しすることです。動きも、あるていど分かっているため無理をする気持ちがなく素直な気持ちで相場に向かうことができます。買うたびにチャブツクようになったら、ぜひ、身近な銘柄でリズムを取り戻してください。
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相場は計算と直感で攻める
ゲームというもの経済の繁栄と安定の上で成り立つ
買うまでの強気 買ってからの弱気 どこか似ている恋心
商売は売手買手が明確だが相場は売手買手が変身する
社会も相場も出来事で動く
株は世に連れ、世は株に連れ
今どきは人の行く裏道より表道
相場には、事実は1つ見方は2つ
大上げ、大下げ後の小幅モミ合いはあなどるな
顔色が悪い社長の会社の株は買うな(真の経営者)
相場の極意は見ざる言わざる聞かざる
短期での惚れ込みは命とり 惚れ込むは中長期投資なり
自分の考えとマーケットの今を摺り合わせるべし
ケイ線は値幅見ず日柄を見よ
十を聞くはアホウ、三つくらいがちょうど良い
トイレの汚い会社の株は買うな
噛んだガムは捨てよ(意味のない事はするな)
材料は後からついて来る
相場師に金なしは鳥に翼なきが如し
相場巧者は期待・悲観の大きさと現実との差を計る
株は千里を行って千里を帰る
黒いシミも離れて見れば白い壁
釣りも株も魚のいるところでやれ
鍋に入れた株のフタは取るな
商いは買い手がいるうちにやれ
心動けば勝負に曲がる(過信が身を滅ぼす)
顔色の悪い社長の株は買うな
株はけなされて強くなり おだてられて頭を打つ
自分に克つ株式投資(邪念を入れず淡々と)
相場のリズムが狂ったら身近な銘柄で立て直せ

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