2017年04月29日

朝三暮四は相場にはむしろ有効

朝三暮四は相場にはむしろ有効 「朝三暮四」は、猿にクルミを与えたときの話。7個のクリミを見せたうえで、朝3個、夕方4個与えたら猿が怒った。そこで、朝4個、夕方3個としたら機嫌を直した、という話。合計では変わらないのに、目先の欲に惑わされてしまうことの愚かさを諭した中国の教え。

 一般の生活では、目先の欲にとらわれて基本的なことを疎かにしてはいけないことの大切さはある。その通りだろう。しかし、相場にとっては極めて有用な言葉である。日本の相場の教えには、『利食い千人力』、『利食った金は人には取られない』、といった教えがある。

 相場では、欲を出しすぎて深追いしたり、躊躇して売りのタイミングを失することは大きい損につながる可能性が強い。このため、『迷ったら、一旦、手離せ』という教えもあり、むしろ、相場では短期的な視点が大切ということだ。むろん、朝三暮四を狙うことも大切だが、朝四暮三の気持ちも忘れないことだ。値下がりした損失は誰もカバーしてくれない。
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2017年04月27日

下手なナンピン大けがのもと

【過去の記事を紹介=2009-06-21 18:00】

下手なナンピン大けがのもと 「下手なナンピン、スカンピン」ともいいます。間違ったナンピン買いをすると、投資資金がすっからかんになるという教えです。

 ナンピンとは、「難平」と書きます。難儀なことを、平らに和らげるという意味があります。買った株が値下りして難儀となっていることを平らに和らげようというのがナンピン買いの手法です。

 まず、ナンピン買いの良い点を取り上げてみましょう。株価3000円の銘柄を値上りすると期待して100株買ったとします。ところが、意に反して2500円に値下りしました。この時点で、同じ株数100株を買います。その結果、最初に買った分と、あとで買った分を合わせた平均値段は2750円となります。もし、その人に資金の余裕がなく3000円で買ったままだったとしますと500円の値下りです。

 一方、ナンピン買いして、平均コストを2750円に下げた人は250円の値下りですんでいます。この銘柄が2850円まで戻したとしますと、ナンピンできなかったひとは、なお150円の値下りですが、ナンピン買いできた人は100円の利が出ているため売ろうと思えば売れるのです。

 このように、株式投資は資金のある人に有利にできているのです。なお、ナンピン買いと、よく似た言葉にドル平均法があります。従業員持株会などが積立金を基に、毎月末というように、期日を決めて買います。株価が上昇していれば購入株数は少なくなり、株価が下がっていれば買い付け株数は多くなります。これも広い意味ではナンピン買いの一種といえるでしょう。

 ところで、このように優れた性質をもっているナンピン買いが、なぜ危険なことと教えているのでしょうか。それは、株価がどこで底をつけるか分からないからです。さきほどの例のように2500円で底を打って戻ればよいのですが、2000円、1800円とさらに下へ行くことのほうが圧倒的に多いからです。これでは、損の上塗りとなって、大きな打撃を受けてしまいます。ここが、ナンピン買いの非常に恐ろしいところです。

 とくに、注意していただきたいのは、人気株の場合のナンピン買いです。人気株は、現実の業績実力より期待が先行して、たとえばPER300倍といったところまで値上りする銘柄です。PERが少々低下したからといって底打ちはしないのです。
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2017年04月25日

相場はシナリオの大きさで決まる

【過去の記事を紹介=2009-06-18 17:00】

相場はシナリオの大きさで決まる 株式相場は芝居と非常によく似たところがあります。芝居では物語を登場人物、台詞、舞台設定などによって、観客を引き込み夢中にさせることができるかどうかが勝負どころです。物語の展開のおもしろさ、役者さんの立ち振る舞い、舞台など、それらすべてそろったものが演出でありシナリオです。とくに、物語のスケールの大きさと、それを演じる役者さんの2つが芝居にとって命ではないでしょうか。

 株式相場もまったく同じです。芝居を見に来た観客が舞台に引き込まれ、物語の世界に酔って満足してもらうことができるように、株の世界にも投資家を酔わせるシナリオがなくてはいけません。そうでないと、単なる売ったり買ったりのバクチ場だと思われてしまいます。株式市場から発する世相を反映したお芝居を演出すれば、テレビ、雑誌などにも取り上げられ、なるほどと感動を得られるはずです。

 社会から評価されたシナリオ相場はスケールの大きい相場となります。しかし、残念ながら、今の株式市場にはシナリオはまったく存在しません。現在のアナリストが中心のマーケットにおいては、「明日の100より今日の10」といった雰囲気で、月次の売上げが良かった悪かったとか、予想数値に対し少し良かった、悪かったという短期的な予測に明け暮れている相場が目立つからです。

 しかも、投資家の方もネットでの1カイ2ヤリ相場が盛況となって、目先で稼ぐことが中心となっています。つまり、株式市場に「演出家」がいなくなっているのです。かつての相場には、いくつかの代表的なシナリオ相場がありました。日本列島改造相場、日本アズ・ナンバーワン相場、東京湾キャピタル・ロード相場など。そうしたシナリオ相場では、投資家は納得し相場に酔ったものです。

 東京湾キャピタルロード相場では、東京湾ベイエリアが一大金融エリアとして発展するという1980年代に展開された相場です。東京湾沿岸に土地を保有する鉄鋼、倉庫などの企業が主役として大きく人気づきました。経済力のついた日本がベイエリアに金融センターを展開するというシナリオに観客である投資家も大いに納得し満足して参加した相場でした。いうまでもなくシナリオ相場には、「夢」がなくてはいけません。投資家にとって、儲けることが目的であることは当然のことですが、必ずしも儲けることだけでなく、芝居の世界に引き込まれるように、夢の世界に導いて欲しいのです。

 かつては、大手証券4社には文学的な雰囲気を漂わせた株の演出家がいたものです。企業でも同じではないでしょうか。業績という数字だけでなく、社員に夢を与え社会に貢献する姿勢を見せることがこれからの経営者には大事になっているように思われます。



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2017年04月22日

一徹張りは貧乏神(頑固さは相場では儲からない)

一徹張りは貧乏神(頑固さは相場では儲からない) 頑固は、あるていどはいいのですが、周囲の状況を見極めようとしなかったり、人の意見にまったく耳を貸さないような頑固さは、相場では儲からないと戒めた言葉です。

 現在の投資家は失礼ながら、頑固さはなく、むしろ、情報に振り回されているくらい自分の考えや意見が少ないのではと思われます。筆者が北浜や兜町を走り回っていた頃は、証券会社の店頭では是川銀蔵さんのような相場師を志していたのでしょうが、自説の相場観を高らかに周囲に披露していた人が多かったように思います。それに対し、周囲の人が違う意見でも言おうものなら、ますます意地になって自説を押し通そうとします。

 筆者が勤務していた新聞社のコラムでも、著名な執筆者が罵(ののし)り合うくらいの言い合いを紙面で展開し、会合で出会ったりしても、ぷいっと、横を向くくらいの激しい時代でした。今にして思うと、人と人がぶっつかり合うからこそ相場も仕手戦に発展したのだと思います。

 ただ、単なる頑固さは、格言にも言っているように貧乏神に匹敵するくらい損を大きくする危険があると指摘しています。住友鉱山や同和鉱業などの仕手戦で名を残された是川銀蔵さんは、お会いしてみると目つき鋭く、怖いくらいでしたが、あのくらいの方になると、頑固というより圧倒される気迫が漂っていました。そのかわり、是川さんの勉強や研究は並大抵なものでなく、大阪・中ノ島図書館にほとんど毎日通いつめ、その上で銘柄を仕掛けてくるという人だったそうです。

 単なる、聞きかじりていどの勉強で頑固さを通すのは相場では危険です。それは、相場観というより性格上の問題といえるのではないでしょうか。もっとも、現在はもうすこし頑固さを持つくらいの粘っこさが欲しいものです。インターネットで簡単に情報が手に入るなど、昔と違って情報量が格段に多くなっていることが投資家をかえって迷わす結果となっているように思われて仕方ありません。自己責任時代には情報の公開と公平性は重要な要件ですが、一方で個人投資家の相場を見る軸が欠けているように思われます。個人投資家に、頑固さを持てるくらいの啓蒙の場を設けることも大切な行政を含め証券に携わる全体の役目ではないでしょうか。

 会社経営においては、これも失礼ながら年配の会長さんのいらっしゃる企業ほど、「貧乏神」とは言いませんが、「一徹経営」が前面に出て、経営に柔軟性が欠けている恐れがあります。とくに、内部留保一徹で増配の必要はないなどと言っていると、敵対的M&A(企業買収)に逢いあわてふためくことにもなりまねません。企業も個人も頑固さと柔軟性の両方が求められる時代になっています。
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2017年04月20日

車も相場もすぐには止まれない

【過去の記事を紹介=2009-06-17 15:25】

車も相場もすぐには止まれない 止まっているものを動かすには、そうとうのエネルギーが必要です。余談ですが、1カロリーとは摂氏14.5度の水1CCを1度上げるのに必要なエネルギーだそうです。一旦、動き出したものを止めることも同じように容易ではありません。身近な乗り物、車だって時速100キロといった高速で走っていれば簡単には止まってくれません。通学路にある、『車は急に止まれない』の標語のとおりです。

 相場もまた同様です。この水準で、上げ止まるはず、下げ止まるはず、と思ってもぴたりとは行ってくれません。チャートの好きな方なら経験されていると思いますが、「移動平均線」で、上げ止まるべきところ、あるいは下げ止まるべきところを上に抜いたり、下に切ったりします。しかし、移動平均線を切ったからといって、そのまま基調が変わるわけではありません。いわゆるダマシ足です。上にも下にも、相場に勢いがついている時ほど、思った所では止まってくれません。車が急に止まれないのと同じです。

 特に、日経平均とか個別銘柄でも、1万円とか1000円といった心理的なフシを抜いたり切ったりするときほど、弾みがついているため急には止まってくれません。車の運転も相場の運転も、余裕を持って臨むことが大切です。ピンポイントで売買しようとするより、ゾーン(圏)で捉えるくらいの気持ちがよいと思います。


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2017年04月18日

投資家心は微妙:反対に動きたし乗り遅れたくもなし

【過去の記事を紹介=2009-06-16 15:28】

投資家心は微妙:反対に動きたし乗り遅れたくもなし よく分かります。相場の指南書を開けば、「人と同じことはするな」とあます。しかし、今ここで反対に動くと儲け損ねるのではないか、折角の買いチャンスを逃すのではないかと不安心理が頭をかすめます。

 相場に対する「基本」や「教え」は非常に大切です。しかし、そうした基本・教えがすべての場面で当てはまる、ということではありません。学んで、自分なりの、これぞという原理原則を身につけることは非常に大切なことです。が、その原理原則がいつでも役立つ、ということではありません。そこには時間が存在しているからやっかいです。長期で見れば、その通りでも短期的な観点では、むしろ当てはまらないで外れることの方が多いのです。時代を超えて、おじいさん、おばあさんが言っていた通りになったという教えは沢山あるでしょう。しかし、相場の世界では20年先、30年先にその通りとなってもあまり意味のないことです。できるだけ短期、いくら長くても3年がメドです。

 景気→企業業績→株価、という基本があります。その通り、大変大切なものです。3年程度の期間の中では、ほぼ、この基本通りの動きです。景気が良くなれば企業の業績が良くなり株価が上昇する。反対に景気が悪くなれば業績が悪化し株価が下がる。しかし、09年2,3月に起きたことは違いました。「景気の一段の悪化は避けられない」。だから、「日経平均は5000円台まで下がる」という見方でした。

 今になってみれば、株価が景気の回復を読んでいた、と言えます。あの頃、景気一段の悪化→企業業績のいっそうの悪化→株価下落の基本通りに動いた人は儲けを逃しました。空売りした人は大きな損です。あの時点で、基本とは反対に動いた人は儲かったはずです。そして今、今度は景気本格回復→企業業績の回復→株価本格上昇という見方が多くの投資家に強くなっています。

 「いやいや、まだ本物の回復ではない」と反対に考える気持ちもあるでしょう。一方では、「ハイブリッド車も売れていることだし、これだけ多くの人が強く言っているのだから素直に強気にならなくてはいけない」気持ちもあるでしょう。残念ながら答えはありません。

 相場は人間社会の営みの縮図ともいわれます。清く・美しくの、基本通りなら社会には犯罪はありません。特に、人の社会では、乗り遅れたくない気持ちが強いものです。そこにつけこんで詐欺も起きます。相場では多くの人がバスに乗り遅れまいとした時に天井が形成されます。そのときこそ、人の反対を行く勇気が大切でしょう。

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2017年04月15日

相場は計算と直感で攻める

相場は計算と直感で攻める かつて、戦後からの復興期のような時期には、「直感」や「ひらめき」が、相場には大いに有効でした。経済自体が成長過程にあるため、基本的に相場は上げ基調を続け、長期間にわたって相場が下げることを考える必要はありませんでした。当時の証券会社では、「理屈を言うより、銘柄感覚を学べ」と教えられたものです。連想ゲームに強い、「ひらめき」型の人が有能とされたものです。

 やがて、徐々に経済が豊かになるにしたがって、以前からある利回りのほかにPERやPBR、さらにROA、ROE、営業利益率といった投資指標が活発に使われるようになりました。今日、パソコンの普及でこうした数値はますます重要視され「計算」に基づいた投資法が全盛となっています。

 「アニマル・スピリッツ」といった言葉が注目されるようになっています。動物的直感ということでしょう。世の中があまりにも理詰めになれば、理屈通りに行かない、『理外の理』が出てくるものです。昔のように、直感が全盛となることはないでしょう。しかし、社会においても相場の世界においても理屈だけでは説明し難い動きがこれからは出てくる可能性は大いにあります。

 今の相場において、それが何かは、答えは非常に難しいといえます。しかし、それは、冬から春への季節への変わり目の空気の臭いのような「兆し」かもしれません。あるいは、地震を予知していなくなってしまうネズミのような直感かもしれません。人間も動物の仲間である一面を持っているのです。相場の世界でも「アニマル・スピリッツ」を磨くことは案外、大切な時代かもしれないのです。計算、理詰めの手を休めて、「相場の臭いを嗅いでみる」ことも大切ではないでしょうか。
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2017年04月13日

トイレの汚い会社の株は買うな

【過去の記事を紹介=2009-02-22 17:18】

トイレの汚い会社の株は買うな 今どき、トイレの汚い上場会社なんてあるの、という声が聞こえてきそうです。確かに、今は、そういう会社は見当たらないでしょう。この格言の使われた昭和40年代初め頃の高度成長期には、それまでの「作れ、売れ」の大号令時代に対する変化の時を迎えていました。

 物がない時代でしたから、「安かろう、悪かろう」で、通用しました。しかし、経済白書で「もはや、戦後は終わった」、と副題に載るなど、製品に対して次第に「いい物」が求められるようになって行きました。そういった時代の変化の時に、「トイレが汚れているようでは、いい製品はできない」、という、ひとつの判断になっていたのです。トイレだけでなく、社長・役員の夜の振る舞い、社員の有様なども含めて、企業の品格が求められるようになったのです。

 現在は、どの企業でもトイレは言うまでもなく、オフィスは綺麗です。しかし、ここ4、5年、船場・吉兆、伊勢の赤福、野村のインサイダー事件をはじめ名門企業に不祥事が相次ぎました。建物などの見た目は綺麗でも、商道徳や企業倫理が欠如しているためだと思われます。時代は繰り返すといいますが、今の社会は、戦後のような「儲けたら勝ち」という風潮ではないでしょうか。まさに、昔の格言が生き返ったようです。

 『内部管理体制のできていない会社の株は買うな』、と置き換えれば分かりやすいのではないでしょうか。

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2017年04月11日

相場は悲観の中で生まれ、懐疑とともに育ち、楽観の中で天井を打ち、幸福感とともに消える

【過去の記事を紹介=2009-02-18 16:36】

■相場は悲観の中で生まれ、懐疑とともに育ち、楽観の中で天井を打ち、幸福感とともに消える

相場は悲観の中で生まれ、懐疑とともに育ち、楽観の中で天井を打ち、幸福感とともに消える アメリカの有名な相場に対する教え。相場の底から天井までの大きなサイクルを心理面から学ぶのに役立つ。

 格言は古今東西、先輩の方々の貴重な教えです。しかし、その通りだとは思っても、言葉の通り実践できないのが人間です。

 今のアメリカは、まさに、「悲観」の真っ只中です。トンネルの中の暗闇状態です。きっと、後で振り返れば底だったと分るはずです。

 日本の投資家も痛手は被っています。しかし、バブル崩壊は経験済みです。アメリカほど心理的には追い込まれていません。今こそ「タネ(種)玉」つくりの買いをしようではありませんか。
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2017年04月08日

人も株も時間の中で生まれ消えて行く

人も株も時間の中で生まれ消えて行く 死を恐れない人なら、時間を超越した生き方、考え方もできるでしょう。しかし、われわれ通常の人間、あるいは地球上に生きるすべての動物、植物は与えられた時間の中で生きているのです。それぞれの生き物に与えられた寿命というものがあるはずです。そして、今の1秒ずつを刻んで生きているのです。

 人の寿命を仮に100歳とすれば秒数に置き換えると約31億5360万秒です。もっと、多いものかと思っていたら、案外と少ないのではないでしょうか。お互いに与えられた持ち時間において、人と人とが出会い、愛し合い、時には憎しむこともあります。出来事はすべて時間の中で生まれ消えて行きます。相場もまったく同じです。相場の材料というものは、人にくっついて生まれ消えて行くのです。過去の出来事を歴史の中に学ぶことも大切です。

 しかし、それ以上に相場で大切なことは、今、何が起きているかを素直な目で見つめることです。この入口の段階で出来事を善悪、好き嫌いなどで決めつけると、今、動いている相場の姿が見えなくなります。よく見た上で次のステップで判断することが大切です。

 相場のベテランになるほど好き嫌いや思い込みが先行しやすいものです。そして、これから先の時間の中で何が起きるだろうかと思いめぐらせば相場の組み立てはおもしろくなってくるはずです。そこには、これから先も時間の中で出来事は顔を出してくるものだからです。
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